キヤノンさん、どうして最近「カメラっぽくないカメラ」を作ってるんですか?

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  • author 武者良太
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キヤノンさん、どうして最近「カメラっぽくないカメラ」を作ってるんですか?
Photo: 武者良太 ©Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・JR Kikaku ©Pokémon

個人的には好きです大好きです。でも、なぜキヤノンが?という疑問がありまして。

1934年、キヤノンの前身である精機光学研究所から、35mmレンジファインダーカメラ試作機KWANON」(カンノン)が生まれ、1936年には市販機の標準型=ハンザ・キヤノンが誕生。キヤノンの歴史は、精密機器世界一のドイツに挑むところから始まりました。

以後、キヤノンはカメラメーカーとしての道を歩み続けます。美しいコンパクトカメラのダイアル35、一眼レフの名機F-1、オートフォーカス搭載プロユース機のEOS-1など、名だたるモデルを作り続けてきました。近年だとEOS R5は写真愛好家垂涎のカメラでしょう。

ところが最近、ディスプレイがなくカラビナ部がファインダー代わりとなるiNSPiC RECや、100/400mm /800mm切替式ズーム(800mmはデジタルズーム)搭載のPowerShot ZOOMなど、一見するとトイカメラのようなモデルをリリースし始めています。正直、これら2機種の一般販売には衝撃を感じました(それに先立ってのクラウドファンディングも瞬殺でしたし)。

いったいキヤノンに何があったのでしょうか? キヤノンの2人のキーマンにお話をうかがってみました。…僕らはキヤノンを「トラディショナルなカメラメーカー」だと思いこみすぎていたのかもしれません。

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Photo: 武者良太

左・キヤノン株式会社 部長 加藤寛人さん ICB事業統括部門

右・キヤノン株式会社 部長 遠藤庄蔵さん ICB統括第三開発センター

「キヤノンのカメラに触れてもらう機会」を作りたかった

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Photo: 武者良太 ©Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・JR Kikaku ©Pokémon

── iNSPiC RECとPowerShot ZOOMは、今までにないカメラで、ある種のチャレンジなのかなと思っています。なぜこれらのカメラがキヤノンからリリースされることになったのか、教えていただけないでしょうか。

加藤さんカメラの市場がどんどん変わってきていることが、大きな理由となりますね。2007年 頃までは、映像や写真を撮るデバイスというと、いわゆる“カメラ”が中心でした 。だから思い出を残す、ハレの日を撮る場でカメラが使われていたわけですが、スマートフォンが登場してからそれが変わってきました。スマートフォンのカメラ性能がどんどん上がっていくにしたがって、気が付けば 一番多い時には1億1000万台以上あったコンパクトカメラ市場が今や1000万台切るまでになってきました。

以前は高校生、大学生や社会人なりたての方も、カメラというものに接する機会、キヤノンというブランドに接する機会が多々あったんですが、写真を撮るデバイスがスマートフォンに置き換わっていくにしたがってタッチポイントがどんどん減ってきているんです。

キヤノンとしては 、次世代のユーザーさんに映像・写真を撮ってもらうとなると、 楽しいカメラの体験をもっと知っていただきたいんです。iNSPiC RECやPowerShot ZOOMという存在が、カメラ体験の入り口のきっかけになってくれたらいいと考えています。そして、「キヤノンってこんなこともやってる会社なんだ」と認識してくれたら、と。そこが一番の目的です。

もしマネされたら、むしろ成功

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Photo: 武者良太

── 既存のカメラを使っている人ではなく、新しい層へのタッチポイントを作る目的というお話は、とても納得がいくものです。

加藤さん:商品化するにあたっては、いろいろありました。

特にiNSPiC REC。液晶画面はないし、中で使われている技術もキヤノンならではのものはない。社内からは、他の企業でも作れるじゃないか、もしかしたらコンセプトで一発ヒットを打てるかもしれないけど、次世代機を出す前にいろんなメーカーに真似されるんじゃないかという議論もありました。

でも、そこまでされたら本望じゃないかと逆に思ったんです。真似されるぐらいのものができたのであれば、それはキヤノンというブランドを知ってもらうための企画としては大成功になると。

キヤノンは画質がよく、快適で使い勝手がいいというコンセプトで、ある意味、真面目なカメラを作っていますけど、そこから離れて「楽しい、面白い」と感じてもらうことを第一歩にしてもいいんじゃないかっていう考え方でいましたね。

そして試作機をいろんなイベントに出してみて、若い人たちに意見を聞いたところ評判が良かったんです。やはり若い人たちの気持ちは、若い人たちにしかわからない。最後はマネジメント層からの後押しもあり、チャレンジをしてみようということになりました。

スマホと一緒に持ち歩いてもらうためのカメラたち

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Photo: 武者良太

── カラビナ型のiNSPiC RECが、おっしゃるような方向性のカメラとしては最初に登場し、次に望遠のPowerShot ZOOMという順番でリリースされていますが、この順番には何か理由はあったのでしょうか?

遠藤さん:順番にあまり意味はありません。それぞれ独立で動いた企画なんですよ。スマホのカメラを置き換えるということは狙わず、スマホを使ってる方にも使っていただけるカメラを…と考えていたら、2つの企画が生まれたんです。

iNSPiC RECは外で遊んでいるときに使うカメラ。アウトドアで写真を撮るとき、高価だし電子マネーの決済端末でもあるスマホで撮ると、落として壊してしまう怖さがあるじゃないですか。他の人に渡すのに、投げられない。だから落としても平気、防水で簡単に使ってもらえるという考え方で生まれてきたものです。

PowerShot ZOOMは光学メーカーのキヤノンということで、スマホのカメラの弱いところである望遠系を作ろうというところからスタートしています。いくら一眼カメラ+400mmレンズの光学性能が優れているといっても、大きすぎてやっぱり無理と思ってしまう人がいる。でも撮ってみたいなと考えている人はいると考えました。こういったストレスに感じるところをピンポイントで解決しようと思ったんですよ。

オフィシャルのPowerShot ZOOM紹介動画
Video: キヤノンマーケティングジャパン / Canon Marketing Japan /YouTube

ポケットサイズの光学400mmはコンデジ開発のノウハウが生きている

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Photo: 武者良太

── iNSPiC RECとPowerShot ZOOMの技術面で、トピックとなるポイントはあるでしょうか。

遠藤さん:iNSPiC RECに関しては技術面よりは、脱着式パネルを固定するのに磁石を使っていいのかとか、今までに手掛けたことがない製品ゆえに細かい部分に悩みました。いちばんポイントになったのは、どれだけ早く生産工程に進めるか、でした。

── PowerShot ZOOMはいかがでしたか。

遠藤さん:PowerShot ZOOMは光学 ズームとしては100mmと400mmの2焦点切り替え式ですが、この大きさで作るのは難しかったですね。有効センサーサイズは1/3ですが、レンズシフト式の手ブレ補正機構も入っていますし、いかに販売価格を上げずにこのサイズで作りこむかに関してはコンパクトカメラ開発で培ってきた技術を投入しています。

加藤さん:普通のズームレンズを搭載したコンパクトカメラってレンズ部分が繰り出てくるんですが、PowerShot ZOOMは中で全部動いているんですね。この機構でどれだけ小さくするかにはかなり苦労しました。

遠藤さん:高倍率ズームレンズの場合、100mm、200mm、300mm~と途中で区切って動かしたくなるんですけど、そこをあえてワイド端が100mm、テレ端が400mmとスカッと動かせる構造にしていますね。

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Photo: 武者良太

── PowerShot ZOOMは最初からこの小ささだったのですか。

加藤さん:最初はCES2018に持っていったのですが、その時はもうちょっと大きかったですね。あの時はまだ仕様があまり決まってなかったと思います。

遠藤さん:とりあえず当時の技術をそのまま使って作ったらどうなるのか、というデザインスタディモデルでした。光学の2焦点切替式望遠ズームで普段使いできるものがあったらいいよねというのはあったんです。

加藤さん:小型に価値があるんじゃないの、望遠を小型化できたら、きっとみんなに喜んでもらえるんじゃないの。っていうのが一番最初にありました。

イベントに持っていって、ユーザーさんの声を聞いて、会社に戻ってきてどうしようかとミーティング。そうしたことを繰り返しながら作り上げていきました。

ユーザー起点で製品・サービス開発をする、新しい取り組み

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Photo: 武者良太 ©Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・JR Kikaku ©Pokémon

── 積極的に外部の意見を求めていこうという動きは、今までにもあったのでしょうか。

加藤さん:いわゆるコンベンショナルなカメラは80年以上作り続けているので、不易流行はあれどカメラとはこうであるというキヤノンならではの哲学を持ち、そのコンセプトに基づきながら開発しています。その上で、プロフェッショナルモデルの製品はお客さまの意見を直接聞く機会を設けています。またエントリーモデルもお客さまの意見はアンケートなどで吸い上げて反映しています。それに対して今回の2製品は、私たちが想定したユーザーさんが本当に望んでいる製品となっているのかを確認しないといけないと考えて、イベントに持っていったという経緯があります。

実際にプロトタイプをイベントに出したところ、ポジティブな意見もネガティブな意見もあり、私たちのなかでもいろいろ議論がありました。ただユーザー起点で、製品・サービス開発をするという新しい取り組み...プロセス作りと言うと大げさなんですけど、そういう物作りをやっていかないと、新しいユーザーさんには触れてもらえないんじゃないのかなと。

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Photo: 武者良太

── 想像しなかった意見がきたことはありますか。

加藤さん:コンセプトモデルの1つ、Kids Mission Cameraを展示していたときのことなのですが、こちらとしては子ども用カメラだと思っていたんです。でも20代くらいの女性に「すごくカワイイから普段使いしたい」と言っていただいたりとか、軽いカメラが欲しいという年配の方から「ちゃんとしたカメラの形をしているし、黒いボディがあればスナップ用に使いたい」というご意見頂いたりしましたね。いろんなところにいろんなニーズがあるんだなと。

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Photo: 武者良太

加藤さん:同じくコンセプトモデルのインテリジェントコンパクトカメラは、放送局の方から「被写体を追いかける性能をもったアクションカムという感じですよね。スポーツの試合撮影のときにベンチ裏とかに置いてみたい」と言っていただきました。私たちが想定していなかった使い方があるんだな、ということを教えていただきました。他の会社さんとお互い何かできることありますか?と話す接点が持てたりといった広がりも出ていて、とても面白いなと。

高画質以外にもカメラで提供できる楽しさ・面白さがあるのかも

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Photo: 武者良太 ©Nintendo・Creatures・GAME FREAK・TV Tokyo・ShoPro・JR Kikaku ©Pokémon

── 今までの撮影の面白さは、きれいな写真を撮ることが大事だったように感じています。でもiNSPiC RECとPowerShot ZOOMは画質より、タフさやコンパクトさに注力した設計です。これらのモデルで体感できる撮影の楽しさや面白さは、どういったところにあるとお考えでしょうか。

加藤さん:綺麗な画像で残したいという高画質への欲求は多分なくならないと思います。それに対してはレンズ交換式カメラで応えていくのがキヤノンとしての役割だと思っています。一方で、記録するために撮る報道系のカメラマンの方や、Fun to Shootな(撮ることそのものを楽しむ)ユーザーさんも残るでしょう。

ここからは個人的な意見になるんですけど、そうした方々とは別に、写真を撮ることが目的じゃない方もいると思うんですよ。欲しいのは、アウトプットであると。撮る行為はアウトプットを得るための手段であると。

例えば水辺で足場が悪い場所で、いちばん気軽に、ストレスを感じずに撮影をしやすいものとしてiNSPiC RECは作られています。「そうしたシーンでも撮る手段」を提供したいんですね。PowerShot ZOOMもスポーツの会場に足を運んだとき、豆粒くらいにしか見えない選手の顔を見たいとか、他のデバイスではできないような体験を提供するための手段なんです。

遠藤さん:こちらも個人的な意見になりますが、あらゆるシチュエーションで写真を撮りたいという欲求はあるじゃないですか。そういうときに大きなカメラを持っていけないシチュエーションもあると思うんです。たとえばロッククライミングのときに、2キロもあるカメラを担いで片手で写真が撮れるかといったら、「それはちょっとね」っていう話になります。じゃあ画質第一ではなければ、小さくて便利な機材がありますからどうぞ、と、楽しみを提供するのがカメラ開発の1つのやり方かなとは思います。

Source: キヤノン