まだまだおうちで、できること。
非常事態宣言は解けましたが、外出自粛ムードはまだ続いていますね…。でも、こんな時期だからこそ、新しいことに挑戦しはじめた、という声も耳にしてきました。Stay Room、部屋にこもってできること。そのなかには「音楽制作」もあります。
banvoxさんは、引きこもりだった10代の頃に音楽制作活動をはじめ、2011年にデビューしたプロデューサー/DJ。以来、世界中のダンスミュージックシーンにエッジィなサウンドを提供し続けている彼は、どのように音楽を作り始め、どんな機材で活動しているのでしょうか?
音楽をはじめた理由「死にたかったけど、タダで死ぬのはもったいない」
──banvoxさんが音楽制作を始めたきっかけを教えていただけますか?
当時、完全な鬱で、死のうと思っていたんです。けど「タダで死ぬのはもったいない」と思い、最後に何かやってやろうと考えたんです。そこで学校だけじゃなく他のことも全部やめて、お金を作って音楽機材を買って、音楽を作り始めました。死ぬ気でやったので、一年で460曲以上作りましたね。
──「何かやってやろう」と考えたときに音楽を選んだ理由とは?
当時、鬱っぽいことをラップにする「ポエトリーラップ」がアンダーグラウンドで流行っていて、ヒップホップの「言いたいこと言う」みたいなカルチャーに惹かれて。だから、はじめはラッパーになりたかったんですよ。いじめられっ子を助けたのに、逆に、学校に僕の居場所がなくなって辞めたんです。「なんでこんなに自分って不幸なんだろう」ってことをラップで言いたくなったんです。
──なるほど。
「ラッパーになるにはどうしたらいいだろう?」と考えて、まずはラップするためのビートが必要だと思ったんです。それで新宿の電気屋に行って、MPCかFL Studioかで3時間くらい悩みました。結局FL Studioを買って作り始めたら、ラップよりもトラック作りの方が楽しくなっちゃったんです。
──どうしてMPCとFL Studioの二つが選択肢だったのでしょうか? 前者はヒップホップ機材の代名詞ともいえるハードウェアのシーケンサー/サンプラーで、後者はPC上で動作するDAW(編注:Digital Audio Workstaion、パソコンを使った音楽制作システムのこと)。大きな違いがあるようにも感じます。
FL Studioって今はダンスミュージックのツールと思われているんですけど、当時はヒップホップのツールのイメージだったんですよ。Nujabesのようなトラックを作る人はみんな使っていたし、ブーンバップ系を作っている人も、あの頃はみんなMPCかFL Studioでしたね。本当に悩んだんですけど、結局パソコンの方が得意だったんでFL Studioを買いました。
──FL StudioとMIDIキーボードを買って、DAWに内蔵されている音源で曲を作り始めたんですか?
そうです。当時はずっとFL Studio内の音源だけで作っていましたね。MIDIキーボードはMPK49っていうのを買いました。
──MPCを出しているAKAIのキーボードですよね。
MPCかFL Studioかで悩んだ結果の名残じゃないですけど、やっぱりMPCには憧れがあったので「パッドがついている鍵盤にしよう」と思ったんです。でも、パッドが硬すぎたので、単純に鍵盤としてだけ使っていました。
いろんな音楽を作り始めたらダンスミュージック路線が評価された
──ヒップホップではなく現在のようなダンスミュージックの方向に進んだ理由は?
もともといろんな音楽を聴いていたので「FL Studioを使っていろんな音楽を作ってみよう」と思ってエレクトロとかも作ってたら、そっちの方が評価されるようになった感じです。もちろん、やりたいことの根本はヒップホップなんですけど、そっちに手を出せないくらいの勢いで仕事が来ちゃったので、結果として「banvoxはこういうアーティスト」になっていますね。
──ダンスミュージックの方が評価されたのは不本意ですか?
うーん、不本意というか…ムカついてる部分はありますね(笑)。banvoxの方が、スクリレックス(編注:ボーカルチョップがサウンドの代名詞で、ヒップホップとの接近も行っているEDMプロデューサー)より早かったのになって。banvoxのvoxってヒップホップのボーカルチョップから来ているんですけど、僕、はじめからそう名乗ってましたからね。
でも、負けたくないから「だったらこっちもめちゃくちゃかっこいいの作ってやる」って思ってます。
──ダンスミュージックにフォーカスしようとしたタイミングで、何か新しい機材の導入などはしましたか?
その頃からFL Studio内の機能や音源だけではできないことが増えてきたので、プラグインを中心にいくつか導入しました。今でもそうなんですけど、あんまりハードウェアの機材は使ってないですね。スピーカーも、いまだにDELLの2000円くらいのやつを使ってますからね。
──えっ、DELLのスピーカーですか?
2007〜8年頃にパソコンを買ったときに付いてきたスピーカーで、ゲームとかで使っていたので、音楽を作り始めてから買ったものですらないんです。これと同じ種類のを何個も買ったんですけど、同じ鳴りをする個体が全然なくて…壊れたらマジで困ります。
──ダンスミュージックは「クラブでどう鳴るか」が重要な要素のひとつですが、DELLのスピーカーとクラブのスピーカーの差は、想像で補っているのでしょうか?
banvoxの曲がクラブ鳴りの良さでも評価されているのは、僕の“研究”の成果だと思っています。
──“研究”というと?
僕は「音楽は研究」だと考えていて、常に何かを真似するのではなく“研究”するようにしているんです。音楽を始めた頃はクラブに行けない年齢だったし、「クラブミュージックとはなんぞや?」ってところからスタートさせたんです。そもそも僕はクラブにたくさん行く方ではないし、ダンスミュージックは自分では普段聴かないジャンルの音楽なんで、めちゃくちゃ研究してます。
──具体的にどんなことをしているのでしょうか?
ダンスミュージックを始めるにあたって、あらゆる曲のドロップ(編注:いわゆるサビの部分)だけを集めた30分のミックスを自作しました。『これで君もエレクトロマスターだ!』みたいなタイトルをつけて(笑)。それを寝ながら聴いて、「こういう音が鳴ることでドロップができている」みたいなことを頭に詰め込んで、次の日に朝起きたら「ドロップめっちゃ作れる!」みたいな状態にするんですよ(笑)。その上で「低音はどうなっている? 高音は?」と、さらに研究するために、イコライザーで分析しながら自分の曲と比較していました。
──それは確かに、“研究”ですね、睡眠学習みたいです(笑)。
「誰かがこう言ってた」とか「誰かがこうやってた」とかじゃなく、自分で得た知識しか信じられないですね。今のコロナの状況だってそうじゃないですか。それがずっと音楽を始めてから2020年まで、ずっと自分の中のテーマですね。
──研究し尽くしたところに、自分の好きなヒップホップが混ざってきているんですね。
そうです。ヒップホップってチョップが多いじゃないですか。それをボーカルでやったら面白いんじゃないかと思ってやってたんですよ。でもそれも、ただチョップしたわけじゃなく、研究しつくしたうえでのチョップなんです。だから、「ボーカルチョップを真似すればbanvoxっぽくなる」と思ってる人もいるかもしれないけど、僕の真似は絶対にできません。
インターネット上のラップムーブメント「ネットラップ」への想い
──banvoxとして活動する傍ら、ヒップホップは作っていなかったのでしょうか?
これはどこにも言ってないんですけど、実はbanvoxの名前が世に出はじめた頃に、匿名でヒップホップのトラックをネット上にアップしていました。いろんな人がそのトラックにラップを乗っけてくれて、「音楽が生きる希望になった」と感じた瞬間でもありました。
もともとネットラップが大好きだったんですよ。まだネットラップがアンダーグラウンドだった頃、リリックを書くだけの掲示板だった時代の2ちゃんねるのラップ板や、ネットライムサイトの「韻化帝国」を見てましたし、ネットラップのためにコミケ行くくらい、僕の根本にはネットラップがあるんです。僕がFL Studioを使っているのだって、当時ネットラップで活躍していた、とんでもなくかっこいいビートを作るkerberosが使ってたということもあるんですよ。
──ネットラップのどこにそんなに惹かれたのでしょうか?
すごい“リアル”なんですよ、インターネットの中しか行き場がない人が、そこで言葉を発する場所だったので。実際、そこで言葉を発した後に死んでしまうような人も何人かいて、悲しい場所でもあり、楽しい場所でもありました。僕にとっては、日常よりネットラップの方がストリートだと感じられました。僕はそこに影響されて「死ぬんだったら、全力でやってやる」と思ったし、今でもその気持ちは忘れていないですね。
banvox流のヒップホップが表現された『SUGAR』と新アルバム
──最新作『SUGAR』は“banvoxのヒップホップ”とも言えるEPだと思いますが、これは方向転換なのでしょうか?
前所属事務所のKSRから「banvoxのヒップホップアルバム」を作ってみないかと打診を受けて作った作品なんです。KSRは僕が音楽を始めてから初めてコンタクトしてくれたレーベルで、7年も僕の面倒を見てくれていて。僕のことを本当に知ってくれているからこそ、「ヒップホップで出そうよ」って言ってくれたんだと思います。
僕も少しは大人になったので、今作では若い子たちをフックアップしようと思って。今ヒップホップの流れが来ている中でもまだ十分に注目されていないラッパーに声をかけて制作を開始しました。
──『SUGAR』収録曲について聞かせてください。
「Bubble Gum」は2018年の冬くらいに作ったんですけど、「Relaxpaipo」「Utrecht」「4h52 5h56」とかを作ったのは結構前で、2012年〜2013年あたりにSoundCloudにアップしてた曲たちなんです。「Relaxpaipo」以外は、1年くらいでSoundCloudから消しちゃったんですけどね。
──「Relaxpaipo」もすごい曲ですよね。
あれを作った頃は、ちょっと頭がおかしくなってたのかも…。人前に出られない引きこもりだったのに、フェスやクラブの出演依頼が多く来るようになって、精神的にキツくなっちゃって。僕が初めてULTRA JAPANに出たとき、人生で3回目のDJだったんですよ…そりゃ頭おかしくなりますよ(笑)。出演前に、コンビニでリラックスパイポが売られてるのを見つけて、それを吸ってDJしたんです。
──禁煙用のやつですよね(笑)。それがタイトルになっている、と。
そうです(笑)。でも、今でも出演前にはめちゃくちゃ緊張して震えてますね。ULTRA JAPANにもフジロックにもロック・イン・ジャパンにも出ましたけど、いまだにステージの大小関係なく震えます。
──そう簡単に変われるわけじゃないんですね。
でも「やんなきゃ」っていう気持ちはあるので、「自分の武器として、音楽を強くすること」に気持ちを向けてるんです。
──まもなく待望のフルアルバムがリリースされるとのことですが、どんな作品になりそうでしょうか?
banvoxが作るヒップホップアルバムなんだから面白いのを作りたいと思って、不思議なビートをたくさん作りました。
今は、スタジオに入ってもらうのが難しいので、各ラッパーに宅録でラップをレコーディングしてもらっています。あえて変にディレクションしたりすると彼らの良さが消えちゃうと思うので、全部彼らにお任せしてますが、もらったラップに対して、後から僕がビートを抜いたり編集したり、ミキシングやマスタリングで個性を出していく流れでやっています。
──各ラッパーの個性が出ていながら、しっかりとbanvox作品に仕上がっているんですね。
若いラッパーの子たちって、作品の音質が悪い場合が多くて本当にもったいないんですよね。もちろん若くてお金がないのもわかるから、僕らがお金を出して彼らをフックアップして、スターダムにのし上げられたらって気持ちでやってます。そういうのもヒップホップカルチャーだと思うし、どういう風に生きてきたかが出るんですよね。今の自分は、ヒップホップに生きていることが実感できるので、生きてて本当に楽しいですね。
ヒップホップ、実験、研究、融合。
──死のうと思って始めた音楽が「生きていて楽しい」と思わせてくれているのは、すごくアーティスティックな話だと思います。
音楽は本当に楽しいですよ。さっきも話したように、僕は「音楽は研究」だと考えてるから、自分の音楽は「実験音楽」だと思っているし、ジャンルとしては「融合音楽」と呼んでいるんです。いろんなジャンルを組み合わせた新たな音楽を作るのが僕のテーマ。リリースも全部、実験ですからね。
──リリースが実験?
去年『Sellout』っていうアルバムを出したんですけど、そのタイトルも実験です。世間が求めているbanvoxのイメージは分かっているし、「Watch Me」みたいな曲はいくらでも作れるけど、僕は楽しくない。もっと僕自身がワクワクしたいと思って「あえていろんな雰囲気の曲を入れたら、みんなどの曲を聴くんだろう?」と実験するためにリリースした作品なんですよ。
すると、予想外に海外でバズを起こした曲が出てきて、「Watch Me」を超える再生数になったんです。自分の音楽のテーマである「研究」と「実験」と「融合」が全部起こった感じがして、最高にワクワクしました。
──みんなが評価する「傑作」を作ることよりも、その時の自分の興味や実験こそが優先されるんですね。
売れそうなコード進行でbanvoxっぽいリードを入れてカットアップする曲が求められてるのはわかるけど、それは“ファンが作ったbanvox”なんですよね。僕は、いろんな音楽をやります。あえて超キャッチーな曲をやって「セルアウトしたな」って思われてもいいんです。「めっちゃ良い曲」だと僕が思えたら、それが僕にとってのbanvoxなので。
音楽を始めたい人へ、banvoxからのアドバイス
──最後に、これから音楽を作りたい人に向けて、おすすめの機材とか心構えがあれば教えていただけますか?
機材はやっぱり「FL Studio」ですね。他のDAWの場合、何かするためにいちいちウインドウを開いたり画面を切り替えたりしないといけないものが多いんですけど、「FL Studio」は一画面で全部見られるのがとても便利です。画面としてはパッと見で難しそうに感じると思いますけど、原理を覚えれば簡単だし作業も早いので、おすすめです。
最近まで「FL StudioよりAbleton Liveの方が音が良い」なんて言われてたんですけど、アメリカのビートメイカーのDECAPが実験して、両者に差がないことが判明したので安心して使えますよ(笑)。
Do Ableton and FL Studio have different sound engines after all?? pic.twitter.com/T3XkJU0SEX
— DECAP (@decapmusic) May 13, 2020
アーティストになりたいなら、心構えとしては、“自分がどういうアーティストになりたいか”を考えた方がいい。「誰々みたいになりたい」じゃなく、自分がどういう音楽を作ってアーティスティックに楽しめるか、しっかり考えるべきだと思います。
ただ、逆に、趣味として音楽を始めたいなら「いろんな人の音楽を聴いて研究すれば、簡単に曲は作れるよ」とも言えますね。昔より簡単に、誰でも曲が作れる時代になっていますからね、サンプルパック(編注:楽曲制作用の音素材集)を買えば簡単です…あ。ちなみに、 僕、日本で一番サンプルパックを買ってるユーザーだと思います(笑)。毎日起きたらサンプルパックのサイトを10件以上開いて更新状況を確認して、サウンドクラウドでアーティストが出してるフリーのサンプルパックやドラムキットを探したりして。
──サンプルパックをディグってるんですね(笑)。
収集癖というか…もうこれは趣味ですね(笑)。サンプルパックのバックアップだけで、4TBのハードディスクが埋まってますよ(笑)。
『DIFFERENCE』
banvox
2020.07.24 Release
Edit: Sachiko Toda