「Pixie Dust」落合陽一さんインタビュー:IoTはもう古い。ポスト「モノ」時代の魔法とは?

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    「Pixie Dust」落合陽一さんインタビュー:IoTはもう古い。ポスト「モノ」時代の魔法とは?

    魔法のようなテクノロジー。というか、このテクノロジーは、魔法という言葉の存在自体を危うくしつつあるかもしれません。

    落合陽一さんって?

    ギズモードが追いかけてきた彼の超ユニークな作品。常にメディアアートの視点に立ちながら、その技術・アイディアはまさに最先端です。

    そんな落合さん、今月、東京大学大学院を早期修了(飛び級で卒業)して、5月から筑波大で助教として研究室を始めるのだそう。彼の博士論文のテーマは「物理場をコンピュータで操る」。その手法のひとつだったスピーカー技術が今年のSXSWで注目を集め、共同研究者の星貴之さん、デザイナーの田子學さんとともにPixie Dust Technologiesを設立、プロダクトとしてリリースすることになったんです。

    どうしてこのプロダクトを実用化しようと思ったのか、落合さんに聞いてみるとこんな答えが。

    「小さいころ、まだ珍しかったコンピュータで、ずっとCGでアニメ作って遊んでいました。それで、子どもながらにCGをどうやったらディスプレイの外に出すことができるのかを考えてた。それが、見えない力でものを操るっていう今の研究テーマにつながってます」(落合さん)

    その第一歩が「Pixie Dust」。指向性スピーカーでありながら、ものを浮かせたり、空中に触覚をつくり出すことのできるスピーカーなんです。…よくわかりません?

    Pixie Dustは何がスゴイのか

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    Pixie Dustで使われている見えない力とは音波。実は、超音波によって物体を浮かすことができるという音響浮揚は1970年代ごろには発明されていました。超音波を発生する振動子と反射板の間に超音波を発生させ、定常波を作ります。定常波というのは、進んでいく(あるいは跳ね返ってくる)波がちょうど重なり合ってその場で振動しているように見える状態のこと。…まずはPixie Dustの技術で物体が浮く様子をご覧ください!

    白い粒子が等間隔に集まり、空中に浮いていますよね。

    超音波は物体に遮られると、物体を押しのけようとします。この力が物体を動かすんです。押しのけられた物体は、この定常波の節の部分、もっとも振動の少ない部分に集まってとどまることになります。これが「浮いている」状態です。

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    左から1・2次元(振動子面と反射板)、3次元と物体を動かせる

    超音波を発する振動子面と向かい合わせの板の間で、音を一定の方向に動かす研究は存在していました。が、これまでは空中に浮かせた物体を3次元的に自由に動かすことはできなかったんです。そこで落合さんの研究チームが考案した方法がいちばん右。これまでひとつの振動子からひとつの超音波を発していたのに対し、たくさんの振動子から異なる周期で超音波を発する装置(フェーズドアレイ)に替えたんです。

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    フェーズドアレイ

    「複数のスピーカーから異なる位相で超音波を発生させると、異なる場所で強めあったり弱めあったりしますよね。ということは、同じ周波数の複数のスピーカーでも距離によって遅く着く波と早く着く波が生まれ、節が生まれる場所は等間隔ではなくなります。これが図の下の状態」(落合さん)

    この「強い」節の生まれる場所(=物体を浮かせる場所)を、どの場所からどの周期の超音波を出すかをプログラミング制御することで、自由に移動させられるんです。

    しかもこの命令はUSB経由でスピーカーに搭載されているFPGAに送信でき、すぐに実行できます。近頃ではArduinoにも対応させスタンドアローンで動き、しかもProcessingやOpenFrameworksをつかって簡単にプログラミングができるようになったそうです。現在は開発者向けですが、今後一般ユーザーに向けて、簡単にプログラムが書き換えられるようなソフトウェアも計画中だそうですよ。

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    ソフトウェアから超音波の位置を指定/落合さん直々にフェーズドアレイの仕組みを解説

    また超音波の強く届く場所を動かせるということは、新しい指向性スピーカーにもなるということ。これまで観光名所などに設置されてきた指向性スピーカーは、1種類の音をある特定の1箇所にいる人に届けることしかできませんでした。だから美術館の入り口に設置して、あるポイントに近づいてきた人のみに説明音声を聞かせる、といった使い方をしてきました。でもPixie Dustなら、遠いところにいる人にはこの説明、近づいてきた人にはこの説明といったように、それぞれに合った音声を聞かせることにも応用可能。つまり、より空間指向性の強い、よりプログラミング自由度の高いスピーカーなんです。

    ポストディスプレイの時代がくる

    「コンピュータが普及する前の想像力って、ディスプレイの四角の中に閉じてないものだったと思うんです。当時の魔法(=テクノロジー)って、もっとあらゆることを夢見ていたと。何の変哲もないものを動かしたり、人が飛んだり、賢者の石を作ったりできるんじゃないかってね」(落合さん)

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    大きなものでも、重心さえ6mm以内なら浮かぶ

    「(Pixie Dustを体験した子どもたちにとっては)CGを使わなくても世界が動かせるんですよ。僕たちが魔法や特殊効果を、ハリウッドのCGなら、コンピュータの中でなら自由にできる、と仮想物体ベースで考えることを、これからの子どもたちは実体ベース、現実世界ベースで考えられるようになる。そういうふうに思考の枠組みを変えていきたい」(落合さん)

    落合さんがテーマにする見えない力とは、音・光・磁力・電磁波。今回のPixie Dustでは音を使っていますが、近々、を使った新しい研究も公開されるとか。この技術を使えば、今までのようにタッチパネルを設置しなくとも、空中に入力インターフェースを置くことや、さわれる映像を作ることも可能。まさにサイエンス・フィクションが現実になろうとしています…。

    僕、ガジェットのあふれる世界って好きじゃないんですよね」(落合さん)

    パソコンからスマートフォン、ウェアラブルとデバイスは小さく持ち運びやすくなりました。けれども、やっぱり人間は形あるディスプレイや入力インターフェースありきの世界に生きていて、コンピュータに縛られている、と考えているそう。

    「今はIoTの時代って言われてるけど、もっとそれを進めたい。モノ中心の時代から、場が中心の時代へ。モノでどう体験を変えるかということより、コンピュータによって制御された物理空間によって体験を変えていきたいんです」(落合さん)

    ガジェットがなくても情報が与えられる世界。このコンセプトを研究室の中だけにとどまらず、社会で実現するためにPixie Dust Technologiesを立ち上げたと言います。彼が追求するのは「テクノロジー自体がどう人間から隠れるか」。

    「会社は研究のスピンオフ」と言う落合さん。普段って何してるんですか?と尋ねると、「研究。研究が本当に好きなんです」と笑顔。ほんとにずーっと研究しているんだとか。疲れたときはウクレレを弾いたり、けん玉にはまったりしているそう。まあ、そのリラックスのためのけん玉さえも、最近は「何か研究のヒントになりそう…」と密かに思ってはいるらしいのですが。

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    そんなPixie Dustの今後の目標は、宇宙進出。宇宙では無重力なので、宇宙船の中ではあらゆるものが浮き、動いてしまいますよね。これを音響場によってピタッと固定することができるはずだと落合さんは語ります。現在は、無重力での実験を計画中だそうです。民間宇宙旅行ができるようになるころには、宇宙船の中に採用されているかもしれませんね。

    ギズモード・ジャパンでは、これから「イノベーター特集」としてテクノロジーで日常の価値観を変えている世界のイノベーターを連載で取り上げていきます。今後の特集もお楽しみに

    image by Pixie Dust

    source: Pixie Dust Technologies

    (取材・執筆/斎藤真琴)